日本共産党と都知事選

 東京都知事選で蓮舫前参院議員を応援し、様々な意味で存在感を発揮した日本共産党(以下、語呂によって共産党、日共と略します)。世間では「大惨敗」とされている蓮舫も、共産党によれば「得票率約19%で大奮闘」したとのこと(赤旗7月9日付)。しかし、当選した小池都知事の得票率は約43%ですから、その半分以下しかとれなかったわけです。

 それなのに、「大奮闘」とは。もしや日共は、勝敗以上に重要だったであろう、選挙にかこつけた党勢拡大の手応えを、感じたのでしょうか。投票日の夜、蓮舫と小池晃書記局長が抱き合っていましたが、まさかそれが「大奮闘」との評価につながったのでしょうか。

 それはさておき、筆者は共産党を、「強い」党だと見ています。党勢は衰退する一方で、都知事選でも「大惨敗」しましたが、根本的にはしぶとく、打たれ強い党だと思います。都政史をざっと見渡しても、そのことがよくわかります。

 かつて、美濃部亮吉都知事の時代に、美濃部を支える「明るい革新都政をつくる会」なるものが存在しました今の「革新都政をつくる会」の前身です。これは、労組や文化人らも含めた‶社共(社会党と共産党)共闘〟の組織でしたが、共産党が「強さ」を見せつけた場でもあったのです。

 美濃部都政の昭和40年代当時、革新の主流は社会党・総評ブロックでした。しかし、「明るい会」において日共は、規模に勝る社会党・総評に伍していき、そして食い込み、どんどん勢力を拡大。ついには都議会において、社会党の議席を上回るようになったのです。

 美濃部は日共の動きを警戒していたようで、回顧録で次のように述べています。「(共産党は)『明るい会』を通じて都政をコントロールしようとする傾向をみせた」(『都知事12年』)。また、美濃部は「都民党」を名乗っていましたが、その狙いは社共両党や労組、特に共産党を牽制するためだった、とも書いています。

 60年安保闘争(昭和35年)の際、メインを張っていたのはやはり社会党・総評でした。暴力革命の影をひきずる日共は、「オブザーバー」に過ぎませんでした。都議会での勢力は、日共は社会党の20分の1。それが、たったの十余年で、社会党を凌駕し、都知事を警戒させるまでになったのです。日共には、こういう妙な「強さ」があるのです。

 その後、昭和54年末から翌年1月にかけて、社会党・公明党・民社党によるブリッジ共闘が成立し、社共共闘は崩壊。だが日共は、孤立はしても生き残り、都議会でもそれなりの議席を保ち続けます。その一方、ブリッジ共闘から十数年、社会党と民社党は消滅しました。ここでも日共は、「強さ」を発揮したわけです。

 今の日共は、「弱く」なってきたとは思います。最重要事項と思われる、赤旗の部数は減る一方。昔は350万部もあったのに、数年前から100万部を切っています。他方、都知事選でも指摘された「共産党が前に出ると票が減る」というマイナス効果は、漸増している気配があります。

 とはいえ日共は、まとまった票と、マンパワーを持っています。この2つを日共並みの規模で持っている団体は、ほぼありません(選挙におけるマンパワーの重要性は、「自民党と統一教会②選挙の電話は宗教団体から?」の記事をご参照ください)。

 また、票が離れるマイナス効果があるといっても、候補者乱立によるマイナスもあります。共産党が候補を立てれば票が割れ、結果が変わる選挙もあるでしょう。離れていくマイナスと、割れるマイナス。どちらの方が大きいか、選挙によって差があるので、単純には計れません。だから、「減る票の方が多い」と言われても、共産党への需要は必ずあるでしょう。

 共闘相手にしてみれば、静かなすみ分けが望ましい。票はしっかり出す、状況により目立たぬ形で運動する、だけど党名入りのビラなどはつくらない、というのが望ましい。されど、日共がそんなお人好しなわけがありません。色んな陣営に入り込み、食い込んでいこうとするでしょう。

 先に紹介した美濃部の回顧録には、以下のような記述もあります。「共産党は選挙中も何かと前面に出てくる」(同上)。半世紀以上前の話が、そのまま今回の都知事選にも当てはまります。他人の選挙にことよせて、党勢拡大を図る。これを日共は昔から、「ぶれずに、つらぬ」いてきたわけです。

 そして結局、共産党だけが生き残り、共闘相手は社会党のごとき末路を迎える……かどうかはわかりませんが、日共の力を見くびることは危険です。量も質も落ちたとはいえ、まだまだ労組などに比べれば、勤勉さも団結力もしつこさも上でしょう。

 そんじょそこらの政治家では、日共の手綱を締めることなどできないと思います。「ジリ貧の共産党なら、抑えることも可能だ。うまく利用してやる」――などとうぬぼれていたら、逆にやられてしまうのではないでしょうか。

 非合法でスタートし、何度となく窮地に立たされても、その都度しぶとく生き残ってきた日本共産党。その「強さ」を、甘く見るべきではありません。