司馬遼太郎と共産党幹部

                  『毛沢東思想研究』2号

 司馬遼太郎の作品に、『ひとびとの跫音(あしおと)』という長編があります。正岡子規の妹・リツの養子である正岡忠三郎と、忠三郎の友人・西沢隆二を描いた作品です。昭和56年の読売文学賞に輝いています。

 ここで問題にしたいのは、作中で「タカジ」と呼ばれている西沢隆二なる人物です。実はこの西沢は、日共の戦後再建をリードした徳田球一の女婿で、共産党の元幹部なのです。「ぬやま・ひろし」というペンネームを持つ詩人でもあります。

 西沢は昭和6年に共産党へ入党。党の資金局で活動していた際の上司は、日共史に残る特高のスパイ、松村(「スパイM」)でした。その後検挙され、‶獄中11年〟を経験しますが、非転向を貫きます。

 戦後、徳田球一の妻の連れ子と結婚したことで、西沢隆二は有力幹部へのし上がっていきます。昭和20年代の一時期、日共が社交ダンスを奨励し、‶踊る共産党〟と揶揄されたものですが、この運動の中心にいたのが詩人でもある文化人・西沢です。「統制委員として八面六臂の活躍をした」との証言もあります。義父・徳田球一の威を借りて、幅を利かせていたのでしょう。

 昭和25年のレッドパージにより、日共幹部が公職追放されると、徳田らは中国へ密出国し、「北京機関」なる指導部を組織します。そして、無責任にも外国から、日本国内の火炎瓶闘争を指揮したのです。徳田が非合法活動に入った頃、西沢は義父にカツラとヒゲを装着させ、変装の手伝いをしたこともあるそうです。

 西沢も北京へ渡りますが、異国の地で徳田と対立し、「勝手なことをするな!」と批判されたこともあるとのこと。それでも一応、徳田の臨終(昭和28年)には立ち会ったようです。

 徳田球一の死後、宮本顕治が共産党の主導権を握るようになると、西沢隆二は存在感を失っていきます。昭和36年の第8回党大会、同39年の第9回党大会では中央委員に選ばれますが、徳田全盛時代のような勢いは皆無。そして昭和41年、日共と中共の対立が鮮明になると、中国派の西沢は除名されてしまうのです。

 粛清された西沢は、「毛沢東思想研究会」を結成し、『毛沢東思想研究』なる雑誌を発行します。これは‶宮本共産党〟に極めて批判的な雑誌で、創刊号の巻頭論文は「日本共産党の宮本路線を批判する」。むろん、西沢の筆によるものです(ぬやま・ひろし名義)。

 西沢が詩人であるせいか、この巻頭論文は極めて平易で読み易いのですが、なかなか興味深いことを書いています。例えば――。

「‶赤旗〟に、ながい、ながい、ながい論文がたくさん発表されますが、みんなは、ほんとうにあの論文を読んでいるのですか? 読んでいないのなら‶読んでいない!〟とはっきりいわなければいけない。(中略)読んではみたがわからなかったというなら‶わからなかった!〟といわなければならない」

「‶読まなかった〟のに‶読んだような顔〟をしたり(中略)‶わからなかった〟のに‶わかったような顔〟をしたり、一人一人の党員が、みんな、そんなウソをついているとしたら、どうして‶自主独立の党〟を作ることができるでしょうか?」

 ……今の共産党にも当てはまるであろう文章です。もっとも、今は当時のような長くて小難しい論文は少ないでしょうが、短くて簡単なものすら読んでいないのが大半だと思われます。ついでにいえば、自称保守政治家や自称保守政党の関係者も、似たような惨状でしょう。古典や思想書なんぞ触れたこともなく、支持層に向けてそれっぽく振舞っているだけ。そういうのが大部分だと思います。

 で、この『毛沢東思想研究』の2号に発表された詩が、上記の写真の詩「裏切者」です。本文ではなく、裏表紙の裏に印刷されています。知る人ぞ知る、詩人・ぬやま・ひろし=西沢隆二の「代表作」(?)。実際に読んだことのある方は少ないと思うので、下記にあらためて記しておきます。

  裏切者

こころが明るくなれば 

顔も明るくなる 

こころが暗くなれば 

顔も暗くなる

宮本顕治よ 

鏡を見ることを忘れるな

顔が、暗く

暗く、暗く、暗くなってゆく

思想が暗くなれば

こころも暗くなる

やがて、鏡の中の自分が

自分に向かっていうだろう

裏切者!裏切者!裏切者!

 ……いやはや強烈ですが、これまた今の共産党にも重なります。他党にも地方議会にも、「宮本顕治」の部分に当てはまりそうな政界人が、多々いると思われます。スケールには雲泥の差、天地霄壌(しょうじょう)の差がありますが……。

『ひとびとの跫音』は、西沢隆二の共産党時代に関しては、あまり述べられていません。司馬遼太郎自身、日共に強い関心があったわけではないようで、日本共産党史についてはよく知らない、と書いています。しかし、何かの話題で『資本論』に触れた際、西沢が「Iさんがいっていたのだが、そういうことが『資本論』に書いてあるそうだよ」とうれしそうにいったのをおぼえている――との記述があります。

 共産党の中央委員まで務めた人間が、『資本論』についてよく知らない。おそらくはまともに読んでいない。これもまた、今の日共や自称保守の政治家に、当てはまりそうな事例です。

 ちなみに司馬は、「書いてあるそうだよ」と平気で言う西沢の正直さと気楽さと、他人の意見を自分の意見であるようには振舞わない厳密さについて、「衝撃をうけた」と書いています。「裏切者」の露骨さといい、西沢には正直な一面があったのでしょう。

 西沢隆二には、突然瞑想したり、突然大声で叱咤したりする、奇癖があったといいます。『ひとびとの跫音』によれば、最期の言葉は「勝手にしやがれ!」という絶叫だったとのこと。近年も除名騒ぎを起こした今の共産党を見たら、どのように一喝するのでしょうか。

 ※本記事では、文化庁「著作権テキスト-令和5年度版-」の【「引用」】(第32条第1項)を参考にして、写真を引用しました。もし問題がありましたら、恐縮ですがご一報いただけますと幸いです。